クランクブギ CRANKBOOGIE

自転車と、ブルースと、旅と。

足首骨折手術後2週間めのリハビリ

二本松葉杖の練習を始めている。扱い方はお手のモノ。初めは腕に余計な力が入ったり、杖を回しながら歩く事を忘れていたが、リハビリの先生の指導で力が抜けて随分楽に動けるようになった。

とはいえ。体力の落ち方が激しいのは痛感。廊下を片道70m、往復140mを3、4本歩いただけで、疲れたって感じになってしまう。一度280m歩いたらちょっとふらついて来たよって指摘を受けたし、まだ140mの本数を増やして練習して行く感じかな。

筋トレは1日1回。各メニュー3セットずつ、余裕があれば増やす。今、一番シンドイのは「ベッドから片足で立つ、座る」 

地道に頑張ってると、ある日突然できるようになるのがリハビリ。地道にね。

取り返しに行くもの?

大阪→東京間を24時間以内に走るキャノンボールを、境港から交通不便なのに今年やろうと思ったのは「還暦」記念にしたかったからだ。54歳の時、3回やってできなかった事を60歳で成功させるって、カッコいいやん!と、いう理由。

本心は、置いてきた心残りを回収したかった。

自分の巡航速度は年々遅くなっている感があるが、キャノンボールは若干距離の短い伊賀・御殿場コースが主流になり、また成功した方のノウハウがたくさん公開されてきた。自分の経験値上昇と合わせて「追い風で天気の良い日」に「休憩時間を少なくすれば」達成できると、思っちゃったのだ。自分の最速記録が、35時間37分であるにも関わらず。

1月から中海北部周遊サイクリングコースで練習を始めた。2月に200km走り、希望と現実のギャップを把握。3月に心房細動が発見された。チームメイトのA先生に診てもらって、5月下旬に手術する事にし、ゴールデンウィークには今治から東浜まで一気に走る、3なみ490kmを走破。心房細動を直した後は、6月に新しい靴のインソールとライディングポジションをDISPAROさんに作ってもらい、7月に心拍数を上げるためにレースを3本走り、8月に中海北部周遊サイクリングコースで半分の12時間、255kmを走った。走ろうとしているコースで要求される最低グロス時速21km/hは確保できた。本番で使用予定の道具や補給食も試していた。9月は中旬まで長距離を走り込み、後半はテーパー期間として十分に回復してから10月に決行するという算段。計画通りに進行していた。脚力レベルは足りないものの、自分比では相当向上していた。

 

それが、水泡に帰した。普通なら「来年再挑戦!」だが、今はやるかどうか、決めかねている。病院のベッドで未だにキャノンボールの記事ばかり読んでいるけれど。自分の本来の目標はラ・マーモット・ピレネーだしな。

やらかしてしまった事実は消せない。体力、機材、社会的信用を回復させながら、これから自分の人生をどう生きるのか。

考えるというよりは、時が来たら自ずと決まるのだろな。(と。カッコつけて先送り)

足首骨折手術後1週間リハビリ彼是

手術してから1週間、入院してからは2週間が過ぎた。まだ車椅子でトイレまでしか行けないベッド生活。

看護師さんが「足、細くなりましたねー」と言う程筋肉が落ちた。車椅子に乗ったり降りたりするだけでも、それなりにシンドイ。体重は56kgから53kgに。

落ちる時はあっという間。体力も信用も。

積み上げるには時間がかかるけど。

手術後。血栓防止の為に足に巻いたクッションに空気ポンプで1分毎に10秒締めるのが新しい経験だった。安心でした。それから足のむくみを予防するコンプシッションタイプの靴下の着用も。

手術翌日、新型コロナ陽性になってしまい、37~40℃の体温上げ下げが4日間続いたのはとても苦しかった。患者はすぐ別部屋に隔離され、感染防護衣を来た看護師さんが対応してくれている。感謝です。

今のリハビリメニューは足の上げ下げ、ぐるぐる回し、腰上げ、ベッドから片足で立つ、座る(腕補助あり)    それぞれ10回、3セットを目安に無理せず。余裕があれば追加。

痛みの場所は骨盤が主。動いた後に唸っている。ジクロフェナクの痛み止めを1日3回飲み、真夜中は座薬か飲み薬を状況によって選ぶ。胃酸の分泌を抑えるタケキャブを1日1回服用。

本当に、先は長い。今の自分を事故前のレベルに戻すために。苦手な「毎日欠かさず」を、しっかり、やりましょう。