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クランクブギ CRANKBOOGIE

自転車と、ブルースと、旅と。

ツール・ド・おきなわ市民100キロ、2010

                   

結果    完走 287位/完走322名 (出走396名 エントリー463名)
タイム   4時間10分40秒(優勝者タイム3時間7分25秒)
距離   108.6キロ(POLAR計測107.2キロ) 

ケイデンス  平均83/最大136
速度  平均23.9キロ/最大63.3キロ
心拍数 平均158/最大183
熱量  3102kcal

機材  フレーム:LOOK585、ホイール:カンパニョーロユーラス、タイヤ:ミシュランプロ3グリップ ギア:前50×34 後12〜25
補給  水1250ml、スポーツドリンク500ml、エレクトロライトショッツ500ml、ショッツ(ワイルドベリー)4個フラスコ入、ショッツ(ワイルドビーン)3個フラスコ入ベスパハイパー2個、レッドトニック2個パワーバー1/2個
足ツリ対策  熟成マー癒・ラクザンスエンライテン3カセット、芍薬甘草湯2包、クランプストップ梅しば4個
サプリ  エキストラブースター9粒、エキストラアミノアシッド4粒スキンズリカバリータイツ
パンク対策  チューブ2本、ボンベ2本、タイヤレバー2本、携帯工具(サドルバッグ入)、携帯ポンプ(フレーム付)
DNF対策  現金5500円、バンドエイド、電話番号を書いたメモ


総走行距離  112.3キロ 

6年目、5回目の挑戦で、初めて完走した。   



〈11月13日 土曜日 前日〉

始発の電車で羽田へ。Pさん、S田さんと飛行機に乗り込む。
飛行機は「エイペックの警備強化の中、自転車の積み込みが多いので」遅れた。
着いたら「自転車が多かったので、載せきれていない手荷物があります」と知らされるオマケ付き。早めに預けたので自分のピギーバッグは出てきた。ラッキー。


レンタカーは今回も手続きが早く済む、トヨタさん。せっかくなのでマークXを借りた。
2500ccなんて運転するのは、ものすごく久しぶり。バイパスから高速に入り、一気に名護漁港まで行く。 大雨で前が良く見えなかったが、アクセルを踏むとスッと来る加速が楽しい。名護に着いたら、一時雨が弱まった。


受付を済ませて、宮里そばで昼食後、有銘から羽地ダムの新コースの下見に向かった。
再び嵐のような大雨になる。サイクリング参加者やレース試走と思しき選手の横を慎重に抜きつつ、アップダウンのコースを確認し、噂通り厳しいことを肝に銘じた。加えて道路の水たまりがすごいし。ところどころ小川!になってるし。雨の沖縄も2回走っているのであまり不安はないのだが、明日こんなんでもホンマにやるンかい? 思わずつぶやく。すると、今日中止になってないのだから、やるでしょう。 と同行者から冷静な即答が返ってきた。 まっ、沖縄まで来て、走らないってことはないわね! 

この下見は翌日すごく役に立った。その重要性、何も知らないで走るのとは次元が違うことを久し振りに思い出させてくれた。最後のトンネル入り口の暗いこと!! 後続車がいなかったので車を止めてライトを消し、どれ位暗いか確かめた。 雨が降らなくてもサングラスはクリアレンズにしておこうと決めた。


水や補給を仕入れて、リゾートオクマに着いたのは17時。
まず、予めホテルに送ってある自転車を組み立てよう。
荷物をトランクから出して。





あ。


俺の。



バッグ。




・・・・レンタカー屋さんに置いてきたわ!!!



なんたる、大マヌケ!     やっぱり何かを、やっちまった。


朝の幸運を、自分で潰したわ・・・
2人を降ろし、あまりにもお粗末な自分に改めてあきれながら、トヨタレンタリース那覇空港店に電話する。
バッグは確保してあった。今から取りに行くと意向を伝えると契約時間延長をテキパキとやってくれた。 頼りになるね。 イザという時に素早く動いてくれる会社には次も頼みたくなる。 そういう良い記憶の積み重ねがブランドってやつ。(受け売り)
では、自分自身はどうだ?  もっと意識した方が良いだろな。


レースに出られなくなった訳ではない。
さあ、気を取り直して、片道106キロの旅へ。往復で4時間の道程だろう。

安全運転で、なるべく早く戻ってくるべし!
先にチェックインしていたE藤君に、俺の自転車の組み立てを頼んだ。
迷惑かけてスミマセン!



名護と那覇市内は若干渋滞していたがそれ以外は順調、雨は小降りになって、助かった。
車内ではラジオ沖縄を聞いていた。 他の局と比べ沖縄色豊かだと思った。 
Hitoshiというブルース弾き語り歌手の曲が良かった。


C美からメールが来た。幼稚園イベントは大成功だった、レース頑張って、と。今日のイベントは母親達が主役のもの。俺がレースなので、ウチはセンタの面倒を見るために兵庫県からおばあちゃんに来てもらっていた。「何ソレ? 優先順位が違うデショ!」というのが他の皆様の意見だったそうだ。 普通はそうだと思います。 家族に感謝!!


19時過ぎに空港店で荷物を受け取り、再びオクマリゾートへ。着いたら21時。
自転車の保管と組み立てに使う体育館が、閉館するところだった。


オッティモ5人の部屋はなんと一番奥のコテージ。5人同じ部屋で、とオーダーしたためらしい。オーダーしたのは、俺だ。 フロントから車で送ってもらう。ドアを開けたら、リゾートホテルが学生の合宿所になっていた。(若者は1人だけで。後は不惑以上だが)


急いでジャージにゼッケンを貼り、補給食を準備し、22時過ぎに就寝。自分のせいで皆の睡眠時間を削ってしまったのが申し訳なかった。
協力のおかげで、関門をギリギリ通過できた感じがした。
が、結果をだしてから言おうと、黙って寝た。<11月14日 日曜日 レース当日>

4時30分起床。 雨は上がっていた。
11月14日はベルナール・イノーの誕生日である。
イノーにサインしてもらったチームジャージを着て、完走への決意を盛り上げた。


いろいろ準備をして荷物を預け、バスに乗って奥のスタート地点へ。
曇り。ウエアは途中降る事も想定した雨対策仕様。ヘルメット、サイクリングキャップ、クリアの度付きサングラス、鼻にブリーズライト。半袖の夏用アンダーに半袖ジャージ、アームウオーマー、レーパン、靴下。予め防水スプレーをかけておいた。待ち時間用に100均の雨カッパ。 足と背中に熟成マー癒を塗った上に、スポーツバルムの1番を薄く塗った。スピードメーター心拍計はラップでカバーして輪ゴムで固定し、防水した。 最初は暑すぎてバルムが余計だったかと感じたが、雨が降り出してからはちょうど良い組み合わせだったと思い直した。


スタート地点に着いて、まずトイレの列に並んだ。朝一度致しているのだが。その後自転車を受け取り軽くアップ。皆より早めに切り上げた。


アップを終えたPさんが、サドルがぐらつくのでレンチもってないか、って聞いてきた。アーレンキーは持って来たけどさすがにそんなのは持っていない。が、その時、俺にしては珍しく名案が浮かんだ。自転車を輸送してくれたトラックの運転手さんに聞いてみたら、バッチリお目当ての工具を借りることができた。同じような選手が他にもやってきて暫らくトラックの周りがメカニック場になった。運転手さん、アリガトウゴザイマシタ。


自転車をおいて順番を確保した後は、例によってまったりと。
実は、緊張しながら、その時を待つ。 
NCCのT津さんに会って喜び、ズケランレーシングのH比嘉さんと再会した。H比嘉さんは、しばらく病気だったが最近やっと復活したと、変わらない笑顔で教えてくれた。
皆、いろんなものを乗り越えて、この場に立っているのだ。 
がんパパさんのように、事情により出られなくなった人もいる。

今日は、めいっぱい、楽しむぞ。      改めて、そう思った。
30分前にベスパハイパーをチャージ。


メインのレースの展開が早く、スタート時間が早まるそうだ。ありがたい!
スタンバイの時エンライテンを口に仕込んでいると、E藤君がパワーバー持ってきたけど自分はもう食べないので要りませんか、と言う。補給食は十分に持ってきたが捨てるのももったいないし、と、真ん中のポケットに突っ込んだ。
スタートの列の中での自分の位置は、真ん中辺より少し前位かなとおおまかに確認する。

今日の戦術は。
・ 心拍数を140〜160までに抑え持久する。(ポラールで自分の最大心拍数は176)
・ 上りで無理をせず、下りで踏む。平地は頑張る。
・ 1人で走らない。集団で走る。切れてしまったら次の集団を待つ。
・ 怪我をしないこと。絶対無事で帰ること。
そのために。
・ 大集団で走る時は、落車時回避できるよう右端を走る。
・ 補給は早めに、多めに摂る。
・ 酸素を多く取り入れられる、効率の良いフォームで走る。
・ 下りは安全を確認できた場合のみ、短いルートを走る。

ステムに、既に覚えた主な関門の時間に加え、ライディングフォームの注意点を貼っておいた。



9:50  予定より10分早いスタート!
すぐに「奥の坂道」。 心拍は初め140程度から・・・って、オッサン!
160超えてるやん!
自分に突っ込みながらペースを落す。 興奮しすぎだわ。
今は最大心拍数の90%超える程の負荷は感じていないのだが、それが禁物。体力はキッチリ削られているのである。「限りある体力」は、小出しにしなければ完走できないぞー。


と。  右から閣下に抜かれた。

えっ、 もうっ? 
過去のレース全て、彼に抜かれた後の関門で足切りになった。ついていかないと、また足切りになるかもと、迷う。 いや、これでいいのだ。今年は「戦術」を変えたのだ。「情熱を持ってペースを抑える」と。 
とはいえ、160を下回ったのは下りに入ってからだった。 5人程度の小集団で走る。
人数が少なくなったら、後輪が擦る音が聞こえてきた・・・後ろの選手に聞くと、やっぱり、自分だ。ブレーキがリムを擦っている。 場所取りした時に動いてしまったか。

止まって、後輪をはめ直し、ブレーキ位置を手で調整した。 よしっ、行くぞ、
後ろの集団は・・・来ない。と、いうより誰も見えない。
前には調整している間に抜いていった小集団がいる。しかたがない。下り基調の間に頑張って彼らに追いつこう。レースでの最大心拍数183は、ここで記録した。
追いついた後、ローテに入る。心拍数155〜160台で時速40キロ程度。
いいカンジだ、追いついて良かったな。 集団にはチーム桂林の選手がいて、背中を見ている内に、その中華料理店に行って食べたくなった。空港から近そうだし。
でも今回は弾丸ツアーだからそんな時間は無いよなあ・・・なんて事を思っている内に与那の関門を通過。


時刻は10:36  制限時刻の11:35まで1時間の余裕がある。
次は山登りだ。集団は自然とバラバラになった。
心拍数150台を目安に、上った。かなり気温が上がって汗が大量に出る。うーん、汗が出る→塩分失う→足が攣る、のパターンだ。予め種を取って持ってきた梅しばを口にしつつ、水分を多めに飲む。予定より早く少なくなっていた。エレクロライトショッツを温存し750mlの水を普久川ダムまでに飲みきってしまうことする。本来は100キロレースの補給所ではないのだが、もらわないと危険だ。
脚力が同じような選手と前を交代しながら、33分で照首山をクリアし、ダムまでタイトなコーナーを集中して下る。


ダムで無事、水のボトルをもらい、ボランティアの方の足元に「お願いしますっ」と空になったボトルを転がす。水に気持ちを集中していたので心拍計のラップボタンを押すのを忘れたが、時刻はチェックした。

11:15  普久川ダム通過 制限時刻12:00 貯金はまだ45分ある。


下りに入る手前の上りで210キロの先頭に抜かれる。 よっしー選手。 単独で逃げてるンか! 思わず声を出して応援していた。
慎重かつ快調に下り、安波の沿道の応援に感謝し、僅かな平地で芍薬甘草湯を飲んで、高江までの上りに備えた。

上りはじめてすぐ、オッティモの選手が歩道に立っているのを見つけた。誰? パンクか?
140キロ参加のI江さんだった。ずっと先頭集団で調子が良かったのに、足がツッてしまったそうだ。止まってポケットから芍薬甘草湯を1包渡す。 少ししたら「復活しました!」とお礼と共に凄いスピードで駆けていった。こちらが「慎重に行けよー」と、要らぬ老婆心で叫んでしまう位の速さだ。
210キロのメイン集団が抜いてゆく。T野キャプテンから声をかけてもらった!


高江への上りのことを、我が家では「ハッピーランド」と呼んでいる。
命名したのはセンタだ。迷ったらバスじゃないと帰れない、幸せの国。
通過できたのは最初の2005年だけ。 後は5年間、乗り越えられなかった関門。


今回はペースを管理してきたので、明らかに余裕があった。
ヤンバルがやっと自分を受け入れてくれたような気持ちがした。
WE LOVE O2のT内選手、台湾の高雄から参加した選手と一緒に上り、ちょっとした国際交流する場面もあった。普久川ダムの上りでもほほ一緒だったから同じ位の脚のはずだ。 後ろからペースのいい集団が来て、俺は乗車。 2人は?と後ろを振り返るがマイペースで上っていた。またどこかで合流するだろうな。
その小集団で高江の上りをクリアし、下りへ。 2007年に助けてもらった「ヘリパッドいらない住民の会」のテントに向かって拳を上げ「頑張れー!」と、座り込みをしている方を応援する。笑顔が返ってきた。

そして高江関門。赤旗がない! よっしゃ! 小さくガッツポーズ。自然と顔が笑う。

11:59  高江通過 制限時刻12:30 貯金は31分。


次の平良までは下り基調。高江で止まらずに集団で進むと、こんなに楽なのか。橋の次の上りもほとんど苦にならず進んでゆく。集団のローテは10人程度の頃はうまく回っていた。しかし進むうちに合流する選手が増え、だんだん人数が多くなってきた。スピードも上がってきてシンドイが、行けるトコまで維持しよう。


12:19  平良通過 制限時刻12:50 余裕は31分。
今までの最高到達地点を越えた。ここから自転車で走るのは全く初めてになる。


前を走っていた集団とも合流し、相当な人数になった。スピードは40キロ。なんか危険な感じと思っていたら、ガシャーンと音がして、視界の左隅で白いジャージの選手が前に吹っ飛んでいった。うひゃあ、気をつけなければ! この落車の後、集団のスピードは緩んだが、次の上りでは付いて行くことができず、自然下車。
この集団に乗って進めたのは大きかったなあ。実際の処、楽ができた「気」がしたのだが、集団走行を維持した心拍は160前後。負担は結構あって、ショッツの補給は計画通り後半カフェイン入りを摂ってヤル気はあるものの足は重い。クランプストップ、梅しば、少なくなったエレクトロライトショッツで足ツリを防いでいた。


メンバーは変わるのだが、2、3人のグループで走っていく。
慶佐次の補給ポイントでは、スポーツドリンクと水、両方を貰った。
有銘の交差点を真っ直ぐ進み、新コースへ。エンライテンのカセット1個分を口に仕込む。また、雨が降りだした。天仁屋の二段坂を上って下る。この後に続くアップダウンも余り失速せずに走ることができた。成田練、デコボコランド練の成果だ。
再び海沿いに出た辺りで、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
M吉君だ。「やりましたね! 完走できますね!」と、すごく喜んでくれている。
まだ羽地ダムの上りあるし・・・と心の中で不安もあるのだが、自分でも完走できるぞと思っていたので嬉しくなった。「M吉君の整備のおかげッスよ!」とお礼を言ったまでは良かったが、続いて、「ちょっと引いて!」と言ってしまった。
後悔した。彼自身のレースがあるのに。付き合いが15年と長いためか、どうも甘えてしまう傾向がある。 年下に甘えてどうすんねん。
律儀な彼は小集団の前に入って引いてくれている。(実は単に前を走っていただけかもしれないケド。)程なくして前に小さな上りが見えてきた。そこで上りはついていけませんので、と先に行ってもらった。
カヌチャベイホテルの前では、沿道から応援も戴いて元気がでる。

13:03  安部通過 制限時刻13:30 27分の余裕。


大浦湾沿いに平地を走り、最後の難関である羽地ダムに向かう。平良の時のように大集団ならペースが上がるだろうが、この頃は単独で走ることが多くなった。自分は相当消耗している。レッドトニックを食べて気合を入れた。まだ後ろから集団が来る筈だ。それなら、と、自転車を止めてオ×ッコタイムをとった。これは正解だった。
程なくして3人のグループが来て、入れてもらった。しかし貯金は少なくなっている。早く行かないと関門時間に間に合わない、という声が他のメンバーから出たが、皆、ペースを上げられない。
内陸に向かう道に入ってから210キロの選手を中心とした集団が来て、我々も乗車したが、今度はペースが自分には速すぎてローテを1回こなして早々に降りた。ウーム、これは失敗か。相当エネルギー使ったな。
いよいよ上りはじめる。下見してこの先がどうなっているか分かっているので、ペースを考えながら上る。しかし時間が心配だ。同じようなスピードで走っているチームキッズの選手に今、何時?と聞かれたので時間をいうと、ああ大丈夫ですねとの答えが返ってきて、少し安心するも、もうフラフラ状態である。
NCCのT津選手を見つけて声をかけたが反応なし。後で聞いたら彼もフラフラで気づかなかったそうだ。
トンネルに向かう最後の坂で、足が攣った。
とうとう来た! しかもここで来るのかよ! 止まる程ではないのが救いだった。既にクランプストップも梅しばも使い切っていた。サドルバッグの中に予備の芍薬甘草湯はあるが、そのために止まったら、逆に本格的にツリそうだった・・・一番軽いギヤでそろそろと上る。
どんどん抜かれていくがしょうがない。
なんとか、トンネルへ入った。すごく暗くて思わず減速し、とにかく真っ直ぐ進む。
トンネルを出たら急勾配の下りだ。下りでアウターに入れてツってしまった2007年の経験から、ギヤはインナーのままにして、慎重に。
下りきってから、背中のポケットをまさぐる。何か残ってないか? 完走するにはチカラの元が必要だ・・・塩分がほしい・・・
真ん中のポケットに、あった! E藤君にもらったパワーバー! すっかり忘れていた。パッケージを剥くのも、もどかしく、貪る。

川上の関門が見えてきた。時間は? 大丈夫か?


13:46  川上通過 制限時刻13:55 アト9分で足切りだった!
やった!! 完走は確実だ。58号線に出る。うれしい。
ああ、でもスタートが早まってなかったらここで切られてたのか・・・
それでも、完走することには変りが無い。


しかし、まだツリそうなので、ジャスコの前の坂はパワーバーをかじりつつ、ゆっくり上って下りに入った。

再び名前を呼ばれた。
140キロ参加のM竹さんだ! しかもフォルツァの選手と一緒に走っている!
不思議な事が起こった。
今までヘロヘロだったのに。
彼の笑顔を見たとたん、40キロ近いスピードの2人に付いて行けたのだ!
お互いの完走を喜び合いながら、俺、もしかしてこの男に惚れてるのかも? とまで思ってしまった。 確かに尊敬はしているけどなあ。 気合の問題ってことか? 2006年、努力の甲斐なく2人共高江関門で足切りになって一緒に回収バスに乗った。 この年は本当に落ち込んだ。 当日帰りだったが少しでも旅行気分をと、わざわざ高速バスを途中で降りて、ゆいレールに乗ったっけ・・・ その後彼は仕事の都合でずっと出場できず、俺は毎年高江からバスに乗り続け、去年は練習中に骨折してDNS。 その仲間と、この局面で一緒に走れたのは、凄いことだと思う。
晴れ晴れとした気持ちで58号線を走った。


我々は100キロのブルーグラスの選手とともに4人となり、まちなかの直線道路に入った。ゴールまで後2キロ。さすがに140キロ組には付いていけなくなり、残り1キロは100キロ組の2人で。 残り500m、ブルーグラスの選手のスパートに切れる。切れたら、Pさんとの約束「ゴールでコンタドールポーズを決めること」を思い出した!
ちょっと慌ててポーズをやってみた。スピードが出てるのでイマイチうまくいかない。
よし、もう1回!




ゴール!  14:01  記録4時間10分40秒 287位  




遂に完走した。
走り終えれば4時間の距離に、6年間かかった。
達成感より、安堵感の方が強かった。
スローダウンして最後に一緒になった4人で喜び合う。
なんとM吉君とM尾さんが現れて、お祝いを言ってくれた。
普通に応対しているつもりだったが、自分の目を拭ったら、涙が滲んでいた。
泣いている自分に初めて気づき「へえ、俺そんなに嬉しいのか」と妙に冷静に思った。


名護漁港でチップを返すと、へたばった(フリをしている)閣下を発見した。
お互いの完走を讃えてガッチリ握手。
先にゴールしたPさん、S田さんに報告し、2人の指導に感謝。E藤君が優勝したのを知る。有言実行。凄いよな。 あー、GO君が4位に終わったのもね、この時教えてもらいましたよ。来年は必ず優勝してください!(笑)
クールダウンしながら、もう1人、会いたい人を探したが見つけられなかった。


荷物を受け取って、まずC美に電話。
とても喜んでくれた。センタは、もひとつ分かっていなかったが。

お父さん、頑張って完走したんだぞ。


T津さん、H比嘉さんとも再会し完走を喜び合った。
毎度ながら自転車を段ボールに詰め込むのに手間取りつつ、発送。
その後名護のトヨタで帰りのレンタカー、ウイッシュを受け取りパーティー会場へ。目立つようにオッティモジャージを着て背中にゼッケンを付けてもらった。
初めて戴いた完走証は、ラミネート加工してもらった。
暴走パパさん一家、リブロングのY村さん、T野キャプテン、G君・・・
様々な方に会えて、嬉しかった。



「遂に完走」を自分のことのように喜んでくださる仲間が、沢山いる。
自分は本当に幸せ者だ。 心から、ありがとう。
今後とも、よろしくお願いします。



飛行機の時間の関係上、E藤君の表彰式が始まる前に我々は会場を後にした。
豚の丸焼きはしっかり食べた。
tomas2002さんと会えなくて残念だったが、自転車を続けていれば、何処かで会えるはず。






帰りの車内で、指摘された。

「つるさんは、自転車乗ってた時間より、車を運転してた時間の方が長いんじゃない?」
あはは!  確かに!




このお話の教訓は。
自分の荷物はしっかり持っておくこと、 でした。


了。〈2020/12/06 写真 (C)AllSports, Mr.GO〉