クランクブギ CRANKBOOGIE

自転車と、ブルースと、旅と。

クロスロード、1992 


最初の晩はメンフィスのビールストリート。

 BBキングのクラブをはじめ、ブルースを聞かせる店が並んでいる。本を読んで思い描いていたより広々閑散としていた。2、3軒ハシゴした。通りに人は少ないが店に客は結構入っていた。USAは連休だった。当然といえば当然なのだが客は俺を含め観光客ばかりで、演っている方も「そういう対応させてもらってます」という感じがした。
 

 翌日、サンスタジオに行った。見学も土産売り場にも客は俺一人。昨晩沢山いた人々の行き先はグレイスランドだけかな。Tシャツを買い、レジの兄さんとしばらく話をした。ヤセ型で、明るい茶色の巻き毛。口ヒゲを生やしていたが、それはきっと実年齢より若くみられるからだろう。ピーターフランプトンとブルールーを足して割ったような風貌だった。
昨晩の感想を述べると、彼は軽く頷きながら、実際のところ、レベルが高いのはニューヨークやシカゴといった大都市なのだと言った。「メンフィスならこの店に、いいメンバーがよく来るぜ。今、誰が出てるかチェックしていないけど」と、中心部から離れた場所にある店を教えてくれた。さらに俺がこれから61号線を南下すると知ると、ヘレナのババサリバンの店とクラークスデイルのスタックハウス(ルースターレコード)には必ず行け。あんたに役に立つはずだ、と。
「ヘレナってアーカンソー州だろ?」
ミシシッピー川を渡ればすぐだ。」
なんとまあ、予習不足なことで! その他日本じゃライブハウスって言ってるけど、こっちではジュークジョイントって言うのだってことを教えてもらった。


その晩もメンフィスに残り、教えてもらった店に行った。ドアを開けると背の高いガードマンがシット!と小声で言ったのが聞こえた。一瞬ビビったがナメラレテハイカンと思い直し黒い顔を横目で睨んだ。彼は目をそらして俺を通した。勝った!って、俺はお客様だもんね。


客は既に大入りで、黒人の方ばかりだ。カウンターに行き、バーテンの姐さんにビールの小ビンを注文した。
「大ビンにしな。」
なぜか命令形だった。
「小ビンはないの?」
「あるけどさ、どーせアンタすぐ飲んじゃっておかわりするでしょ? 別に売り上げのために言ってるんじゃない。大ビンの方がお得なの!」
見回すと皆大ビンを飲んでいた。地元のブランドだ。実はまだ警戒していたので余り酔いたくはなかった。
ライブが気に入らなければ帰って明日に備えようと思ってもいた。
「なるほど。でも俺、小ビンにしておくよ」
彼女はヘヘンと鼻で笑って出してきた。金を払い、少し離れた小さなテーブルにスペースを確保した。
黒人ばっかりのところに黄色いのが混じってるんだから目立つのは確かだが、別に排他的な雰囲気はなかった。いい感じで放置されている。隣の色っぽいお姉さんにどこから来たの?と聞かれた。日本から、と答えてもフーンてな感じで、拍子抜けするリアクション。他にも何か話したけど実質の会話はそれで終わった。その姉さんは母親と来ていた。最初びっくりしたけど、考えたら俺の父はグレンミラーのファンだ。まあ一緒に聞いたことはないけど。それならアリかもな。

やがて演奏が始まった。誰が何を演ったのか、実は覚えちゃいない。が、前日とはまるで違うパワーとグルーヴのイメージは残っている。ライブを聞いたらそれまでチビチビ飲んでいたビールがスグに無くなってしまった。再びバーテン姐さんの所に行って注文した。
「ビールの大ビン」
彼女はちょっと眉を上げてからニッと笑い、「どうぞ!」と俺の前に大ビンを置いた。
夜はさらに更けていった。


 次の日61号線を南下した。ミシシッピー川を渡っていると、ラジオからキングビスケットタイム!と聞こえて来た。エッ? ボリュームを上げるとパンチの効いたブルースハープの音が響く。サニーボーイ・ウイリアムスンとロックウッドのコンビで大人気だった番組だ。今でもやってたのか!テンション上がりつつヘレナのブルースコーナーBlues Cornerに到着した。ヒゲを生やした白人の店主ババ・サリバンBubba Sullivanに挨拶する。日本から来た、と自己紹介していたら、突然フランク・フロストに会いたいか?と聞かれた。
「映画のクロスロードに出た、あのハーモニカプレイヤー? もちろん会いたいです!」
乾いた感じのハープもスケベそうな歌も大好きだ。なんと!すぐ近くで軽食屋を営んでいるという。
「この時間なら店にいるはずだ。サインしてもらえるよ。」
すぐ行った。会えました! しかし「緊張しい」の自分はうまく話せない。自分のハーモニカ見せてもすぐ会話が切れて、お互いにもどかしい雰囲気が流れた。その時、男の悲鳴があがった。店で隠れて酒を飲んでいた客のおっちゃんが太ったガードマンの兄さんに追い出されていた。フランクはチラッとそれをみて「俺の店はソウルフードを売っている。酒はご法度だ。」と、言った。そういう御本人こそ目が赤いし、ちょっと酒臭かったように記憶しているが。思い過ごしということにしておこう。ソウルフードにも興味はあったが昼メシは食ったばかりだった。


 会話が続かないので、ガード兄さんにフランクと一緒の写真を撮ってもらい、握手をして店を出た。ブルースコーナーに戻るとすぐ「サインもらったか?」と聞かれた。
ワスレテタ。しかしまた気まずい雰囲気に戻るのもなんだかね。「一緒に写真撮ったよ、嬉しかった。」と報告した。ババは少し物足りない感じだった。それを見て、ババがフランクにサインの書き方を教えたりしたのかもと思ったが、さすがに聞かなかった。もう一度戻ればよかったと後悔している。今ヘレナに行っても、フランクにサインしてもらえない。
 改めて店内を見る。レコード系だけでなく、様々なブルース関係グッズが売られていた。壁には映画の撮影ではお世話になりましたと、ケビン・ベーコンからのカードが飾ってあった。ヘレナ周辺のブルースシーンでは相当重要なポイントなのだろう。心斎橋の吉村レコードを思い出した。「Good Morning Blues」というブルースの歴史ビデオやフランクフロストのカセットテープを買った。


 次の目的地はクラークスデイル。マディウォーターズの故郷だ。向かいながら、かなり自分に酔っていた。行く先々で人に出会い、次々に面白い事が起きる。ロードムービーの登場人物になったような気分だった。こういう時に調子に乗りすぎて失敗するのがパターンなので、自重しなきゃなと思いつつ。実態は買ったテープを大音量で聞きながらスタックハウスに到着した。Stackhouse/Delta Record Mart/Rooster Blues
 入ってすぐデカイ大漁旗に驚いた。日本のブルースファン、恐るべし。でもなんで大漁旗なんだ? しげしげと見入る俺を、店番の髪の長い白人お姉さんと黒人少年がニヤニヤ見ている。ブルース好きの女性には美しい人が多い。ナイルのアッコさんとかね。残念ながら、この方はそうではなかった。でもいろんな事を知っていそうな感じはした。 ひとしきりたわいのない話をし、良いジュークジョイントの場所を教えてもらった後、声をひそめて聞いた。
「クロスロードはどこにある?」
 その質問に、彼女は慣れた様子でリビングブルース誌のロバート・ジョンソン特集号とデルタブルースマップキット(!)という地図冊子を出してきた。
まいりました。降参です。俺のようなアホがゴマンと訪れているのだ。リビングブルースには「ココらしい」十字路が「いくつか」示され、マップキットにはジョンソンやサニーボーイの墓が記されていた。グッジョブだぜ、ジム・オニール。それにしてもあのクロスロードがこんなにあるなんて・・・夜までは時間がある。結構良いお値段だったが。その宝の地図を手に入れて、俺はクロスロード巡りをすることになった。


 最初に一番近くの61号線と49号線が交わる「その場所」に行った。街中の普通の交差点でサスガに風情が無さすぎた。 次に行ったのはプランテーション近くの十字路。ダート道で、ここなら契約できそうな雰囲気だった。しばらく誰も通りそうになかった。ちょっとハーモニカを吹いてみた。 ・・・悪魔はやって来なかった。魂と引き換えにする程気合いを入れて吹かなかったから。ではなく、あまりにも下手くそだからだ。今はもっとヘタでサスガに・・・
  
 その悪魔と契約し、誰にも真似できないギターの腕と歌を手に入れた男の墓標は、とても小さかった。雑草が茂ったら隠れてしまいそうだ。確か、誰かの女に手を出し、毒を盛られ、若くして死んだんだ。ロバート・ジョンソンと書いてある名前の横にはギターの絵があった。
 サニーボーイの墓はさる教会敷地の窪地にあった。こちらは写真から起こした顔付きの墓標で、ちょっとは立派だったが。なんでこんな窪地にあるんだ? 缶ビールが供えられていた。本名のひとつがアレック・ミラーなので、ビールのブランドもミラー。思わず笑ってしまう。
 ハーモニカもいくつか供えられていた。Dだったか、同じキーが多かった。きっと訪れたファンがあやかろうと置いていったのだ。大ボラ吹きで、死ぬ直前まで血へドを吐きながらブルースしていたという、このオッサンが他人の面倒を見るとは、その時の俺には思えなかった。今は再訪したら必ず自分のハーモニカを置いて来ようと考えている。

 夕闇が迫っていた。街でホテルを確保してから、ジュークジョイントに向かった。


 街からかなり離れた場所にその店はあった。1軒だけで、周りには何もなかったように記憶している。ガードマンがいたのでまた何かあるかと心の準備をしたが、普通に通してくれた。中に入ると、どっからこんなに人が集まったの? と突っ込みたくなる位、客であふれていた。既にライブが始まっていた。観察すると、ここでは缶ビールがメインの飲み物だ。バドワイザーを頼んだ。客の俺に対する注目度は結構高く、ちょっと緊張した。演奏は当方の思い込みもあると思うが、イナタい感じが非常に良かった。ほとんど知らない曲だった。ライブの1回目が終わると周りの人達がどこから来た?その他お決まりの質問を遠慮なく聞いてくる。メンフィスって、やっぱ都会だったんだな。近くにいた痩せたジイ様の常連客が、なんやかやと世話を焼いて交通整理してくれた。おかげで変に絡まれたりしないで済んだ。自分のお代わりを買う時、軽い気持ちで彼にもバドワイザーを渡したが、ジイ様は周りの者に「なんでバドワイザーなんか飲んでんだよ〜、その日本人にタカったのかあ?」と、からかわれてしまった。半数は安い発泡酒のビールを飲んでいたのだ。ゴメン。過去の経験から学びつつも「最後の詰めが甘い」のが俺の行動パターンなんだ。暫くして、もう1杯 どう?と聞いた時、ジイ様は黙って皆が飲んでいる缶を「シッカリ」指差したのだった。


 一方、わざわざ日本から客が来てるぜということをダシに、若い常連が店のオーナーらしき人物を奥から呼んでくる事に成功した。ゴツイガタイの初老の男で、デカイ顔。デカイ鼻の穴。正統的ブルースマンの風貌だ。喜んだ観客達が俺にステージ前の場所を開けてくれる。彼は俺をジロッと睨んだ後、ギターを抱えて1曲やってくれた。出演バンドがサポートする。〜オールナイトロング〜というサビが印象的な曲。いぶし銀のカッコ良さだった。歌い終わると、大盛り上がりの中、奥に戻って行った。そのまま真前に居ても良かったのかもしれないが、開けてくれた理由がなくなったので、また元の場所に戻った。

 帰国後この店はあのジュニア・キンブロウのジュークジョイントだったのではないか? と思うようになった。本稿を書くにあたりネットで調べた。やはりそうだと思う反面、疑問点もある。その店は火事で既に無くなってしまったそうだ。キンブロウもフロストと同じくアッチの世界に行ってしまった。確かめる術はない。CDに納められている「オールナイトロング」は自分が聞いた記憶と少し違うし。もし本当にそうなら、俺は彼が店を始めてまもなく訪れたことになる。そう考えると日本人観光客のために一曲やってくれたのも、なんか分かる気がする。

 最終日の朝、映画クロスロードで使われた十字路に行った。何回か行ったり来たり見つける事ができず、ガソリンスタンドの店の前でヒマそうにしていたオッサンに案内してもらった。平野に高く一本の木が伸びている。よくこんな雰囲気のある場所を探し出したものだと思った。


 旅の終わりはクラークスデイルのブルース博物館。展示を見ていると、ラッパーのようなファッションの、いかにもな黒人のアンチャンが「よう、お前、どこから来た?」と声をかけてきた。わざと静かに、ゆっくりと、東洋人らしく答えた。
「私は日本の大阪から来た。私は日本人だ。」
アンチャンはこちらの期待通りの反応を示した。
「日本からあ?! 日本人はブルースを知ってるのか?」
「そうだ。日本には非常に多くのブルースファンがいる。この素晴らしい音楽を敬愛しているのだ。」

アンチャンはますます驚き、別の場所に友人がいるのだろう、「日本人が来ているぞー」と叫びながら去って行った。実際のところ、ブルースは17年前のアメリカでは、人気がある音楽とはいえなかった。自分のアメリカの友人にも普段からブルースを聞いている者はいない。

一本取ったった、とほくそ笑みながら、俺はまた吉村さんを思い出していた。
ブルースをはじめ黒人音楽専門のレコード店なのに、ある時、北島三郎が大音量でかかっていた。キング吉村は俺に気づくと、こう言ったんだ。
「やっぱりサブちゃんは最高やで。」

了。 〈2009/4/19〉